「果たしてそれは本当に正しい情報なのか」「知識はなぜ必要なのか」カンボジア孤児院ビジネス、桃太郎、マララ・ユスフザイ氏の話
カンボジア

「果たしてそれは本当に正しい情報なのか」
情報リテラシーという言葉が拡がってきた近年。
「真実」は何か。を常に考えなければいけない。
SNSで容易に広がる真偽不明な「情報」。
それは、危険でしかない。
「真実」は何か。を常に考えなければいけない。
SNSで容易に広がる真偽不明な「情報」。
それは、危険でしかない。
まず、疑うことが、受け手側にも、発信者側にも重要。
なぜなら、今は情報過多の時代だから。
発信者は、ある程度のおそれをもって発信しろということだ。
これが、自分の頭で考えろということなのかもしれない。
基本的なことであり、一番大切なことだ。
事実が私を鍛える
ノーベル平和賞をとった、マララ。
そのマララへ、タリバーン幹部から手紙が送られていたという。
私たちは、マララが教育の必要性を訴えたから襲撃された!と
驚くほど簡単に情報を鵜呑みにする。
本質はそこではないのかもしれない。
タリバーンが悪い、誰々が悪い、そんな子どものようなことを、あまりに多くの大人が気付かずにおこなっているような気がした。
もちろん自分も含めて。
「思い込み」
この怖さに気付く必要があると、改めて感じた。
なんか桃太郎はお父さんを殺しにいった。
っていう説もあるらしい。
ちなみに前シェアしたこのカンボジア孤児院ビジネスは
どこまで本当かわからないけれど、
ほーってなった。
この考え方は大切だなってちょっと思ったりした。
知識があるから疑問をもつことができる。
知識は分かるために必要なのではなくわからないことを発見するために必要。
自分自身のモノ事の見方を変えることが重要
新しい発想というのは特定の一分野のなかで生まれるというよりは別々の分野同士が交わったところに生まれるだから学問で分ける人は改めるべき。