田中将介

-tanaka masayuki-

もう27歳になってしまって

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思えば10月に27歳になって、はや2ヶ月近くが経とうとしていて、世の中はクリスマスモードになっている。

27歳にもなると、どうも言い訳がきかなくなり、しがらみが発生し、生きづらい。そりゃ、歳をとるにつれて、諦める人が多いわけだ。なんとなく、結婚して、別の人生を歩んで見たくなる気持ちもわかる。

まあ、何が言いたいかって、27歳にもなり、どうやら、自分自身も、若さだけではもうどうにも言い訳できない歳になり始めたなということ。それなのに、全く結果が出てなくて、こりゃスピード感ないとやばいやばいと思う毎日で、とにかく苦しんでいるわけであります。

そういうことで、今年もまたいろいろと決断することも多く、週刊朝日の記者を10月末でやめました。そっからもう20日。はや。
そして、年末で、堀江さんのマネージャーも卒業します。本当にいろんなことがあって、言語化するのが辛いです。でも、引き出してくれる人がいれば、永遠と語れます。
もう、偉い人に、田中さん、田中さん、と頭を下げられるのには、もう飽きました。だって、目的は堀江さんですから。電通、Jリーグ、出版社社長、テレビ局P、もう皆が知っているような人、企業と、信じられないくらいのやりとりをしてきましたが、もうこっちは王様状態。なんでも言うこと聞いてくれる。それがつらかった。27歳なのに、上からいくことに慣れてしまったら終わりだな、と。
学生のとき、企業の看板は強い、とか、それはださい、とか、いろんな議論を耳にしたけれど、これほど強力な看板はないと思っている。しかし、そう簡単には使えないのも事実ではある。公言することもあまりしない。
その一方で、しんどいことも多々あった。常に間に挟まれ、嫌なことは全て引き受け、無理な要望は、全部頭を下げた。この1年、何度「申し訳ございません」「すみません」と言ったことか。
自分は誰のために、なんのために、頑張っていたんだろう。

何度、人を不快にしたことか。傷つけたことか。嫌がられたことか。僕自身もイライラがとまらなかった。我慢できなかった。どうしてこんなとげとげしてしまったんだろうって無性に悲しくなった。

言いたいことはいっぱいあった。言い返したいこともいっぱいあった。いや、今でもたくさんある。調子のんじゃねえぞ。お前何偉そうなこと言ってんだよ、こっちはわかってんだよって。でも、何度も何度も、言いかけてやめた。

なんか、直前で、めんどくさくなった。怒っても、どうせ、言い返してくるだけだから。諦めた。諦めて諦めて諦め続けた。はい、はい、と言って自分を保って、もう関わらなくなるしいいやって。それで自分をおさめて、人に当たるのはやめた。結果、言われたい放題だったけど、もうここまできたら、何も言わない。何も言わず、期待にこたえなければ良いとさえ思った。

やばいやばい、愚痴になってしまった。
しかし、それ以上に得たつながりもいっぱいあった。

表向きは、とにかく、「自分の足で立つこと」。
うまく利用する手はもうない。中途半端に関われば、自分が感じていたように、人も思うだろう。「あいつ口だけ達者だけど、やりたくないだけじゃん。人になすりつけて楽しようとしてるだけじゃん」って。

僕は同じことに、真剣に向き合える人たちと、仲間になって、生きたい。
と、勝負している人たちを見て、「自分、だっせえな」と思った。
くそ、くそっておもった。

なんとしてでも、リスクとってやるぞ。

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