田中将介

-tanaka masayuki-

秋葉原 安倍首相の「こんな人たち」発言の現場

Uncategorized

 
東京都議会選挙2017が終わった。結果は承知の通りである。
ニュースや言論の編集をしている私は、一日二日かけて、それこそ何時間もずーと都議選についての考察が書かれたいくつものブログを読んだ。
ここで、今でも出回っている、そして考察の一つのおいしい材料として使われるものが、
安倍首相の最後の秋葉原の演説である。
一国の総理が「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言をした。
 
明らかに暴行事件であった。皆さん知らないかもしれないが、一部の人たちが
揉め始め、ほぼ殴り合いのようになっていた。周りの人は恐怖を感じながら、カメラを向けた。無論私もそのうちの一人であった。
一人の男性が、「もうやってしまえ」などと発言した瞬間、横断幕のような
 
私の後ろでは、カゴ池夫人と一般人が揉めていた。一般の方は、カゴ池夫人に必死に語りかけるように説得するように話していた。一方でカゴ池夫人は、「安倍はやめろ」とその人に向かってずっと口ずさみながら、そしてしばらくその状態でお互いにらみあっていた。
 
(その様子はyoutubeにアップした。)
 
横断幕を広げるために、横に移動しながら、その勢力を巻き込むかのように、押し合いが続いた。その人たちと一緒にされたくないというかのように、近くにいた人はその場から逃げるように去った。もちろん、怪我をすることを避けるためでもあるだろう。
 
私は、その人たちを見て、犯人探しをするつもりもないし、その人たちの言動は事実に変わりがない。ただただ、残念で仕方がなかった。こんな乱暴に声を荒げる人たちにこの国のことに少しも関わってほしくないとさえ思ったし、安倍首相、自民党支持というわけでもない私にとって、彼らの姿は、安倍総理と同感、こんな人たちであった。俯瞰された写真を見ると、秋葉原に集まった人たちのほんの一部の人たちに見えるが、一部の人たちのより一部の人たちだったといわけである。
 
東京新聞のツイート、これは一般人の投稿と何ら変わらない。他の取材者の方たちも、それはあの「安倍やめろ」コールの中から、映像を取れば、それはあまりに激しい反対のシュプレヒコールに聞こえる。嬉々としてその場所にいけば、自分の伝えたい通りの図をとることなど容易というわけである。
 
その横暴な言動について私は言いたいわけではない。この選挙妨害は、公職選挙法に引っかかりますよ、などというツイートも目にしたが、だからといって実際に罰されるわけでもない。
 
結局、少しの火種さえあれば、あとは、凝り固まった考えのインフルエンサーたちが、それもまた嬉々として、その様子だけを拡散するわけだ。
個別の名前は出さないが、彼らはもうすでに社会的な地位のポジションが決まっている。自分を支持してくれている層の期待に答えるために、彼らが喜びそうな趣旨の発言をするだけだ。
こうして、「フェイクニュース」ではないものの、あまりに偏った情報だけが流れていく。それによって、さらにこれを格好の材料と見た人間たちが、私のように、こうして題材として「こんな人たちに負けるわけにはいかない」発言をした」と、書くわけである。
 
いい加減、もうやめませんか。若い人たちは、これを見て育っています。離れたところから、そういった大人たちを鼻で笑ってみています。彼らは、その様子を見て、離れていきます。
「もっと国のこと考えろ」と若者にいっても、そんな姿を見せられ、SNSで醜いののしりあいを見せられる、だから、彼らにとって小さなしあわせを感じれる、自分たちの小さな半径5メートルの世界に、悪い言い方をすれば、逃げてしまうわけです。しかし彼らは逃げているという感覚はなく、当たり前なのです。
 
 
 
こういった若者たちが、おとなになっって、社会の中心を担うとき、どんな世界になっているのでしょうか。どんなおとなたちが増えるのでしょうか。
「無責任世代」などとさらにその若者たちから言われるのでしょうか。
その下の世代が、立派になるのかもしれません。そうなるのだけは勘弁。私たちは行動していかなければなりません。
 
 
 
昨今の安倍氏の姿勢から、このように非難されるのは予想できたことだし、必然だったとも言えるでしょう。一切の説明責任を放棄し、憲法で要求されいてる臨時国会の召集も拒否という最悪なことをやってのけているのですから、非難ゴーゴーになるのも当然です。
わかるが。
すぐ安倍政権の応援団やらポチやらいうわけで、そんなものぐさしかできない人が多くて残念です。
 
 
この記事をシェアする