田中将介

-tanaka masayuki-

機嫌の良い社会をつくる

お知らせ

もし、誰かにお願いするときは、自分の実績や本気度を見せることからしか始まらない。そう気がついたのは、24歳のときだった。

本気で、このままだと自分の人生がどうにもならないことに気がついたからだ。働く口も見つけることができなかった。もちろん、何度も何度も挑戦しての結果である。非情にも、いや必然にも、私を採用してくれる会社は1つもなかった。こうして私は、立派な無職になった。

かといって、かっこもつかないので、肩書を模索した。勝手にHPを立ち上げ、個人事務所を名乗った。こうして、新卒で会社に入れなかったというマイナスのレッテルをアップデートし、新卒で自分の会社を立ち上げたように見せた。就活に失敗していなかったらこんなことも思いつかなかったであろう。

こうして、私は気がついた。何もすることがない、と。

学生のときから、自分の取材している企画やらをいろんなところに応募したり、メールしてみたりした。けれど、その返事はどこからもなかった。しょせん、自分の内容に興味がないだけだ。と、責任をテーマに押し付けた。でもそれははっきりと間違っていると気がついた。

「こんなことやりたいんです」ではダメだということ。次の段階。「こんなことをやっています」だけでも弱い。本当にその人が、取り組んでいるのかがわからない、信用に値しないことであるからだ。

つまり、自分の完成した作品を手にとって実際に見れるものでないといけない。僕が右往左往しながらようやくこの域にたどり着くことができたのが今年だった。目の前で見せる相手の表情が、ただ手に何もなく話しているときと全く違うのだ。相手に言葉だけで伝えるということがどれほど難しいか、実感したところである。

人を動かす。そのために今の私が一番大切だと思うことは、こういうことなのかもしれない。

さて、こうして私は、これから挑戦しようと思っていることがある。

そのためには協力者が必要だ。

どうして、お前はやりたいのか。どうして私がお前を手伝う必要があるのか。「共感者」だけでなく、「共犯者」として、やっていくためには、私なりの覚悟を見せないといけない。ましてや、挑戦の内容が内容である。人にお願いする際には、何が必要なのか。今この文章を書きながら考えてみる。

第一に政策だ。この政策を考えれば、おのずとなぜ自分が政治を動かしたいのか。見えてくるに違いない。

僕は、とにかく鬱憤がたまりにたまっていた。

世の中に対して絶望していた。

どうしてだろう。

仕事もなく、毎日カフェや自宅でパソコンと向き合い、ひたすら何をすべきか模索し続けた毎日。当時は、取材をしても掲載できる媒体がない苦しさもあった。SNSを開いては絶望して、絶望してはSNSを開いて。そんな毎日で、僕は自分なりに社会と格闘していた。

別に、自分がいなくてもこの世の中は動いているんだなあ、と、心の底から思った。このままいなくなっても、悲しむのは親と数少ない友人なだけで、別に時が経てば対して変らないんだなあと。それでも、ふと、昔、カンボジアに住んでいた頃、そして今でも年に1回は通っているその土地の人たちを思い出すと、10代の頃の自分の記憶もチェーンのように引きずり出されてきて、ただ貧困や格差をなくしたいと、何の武器も持たず、叫んでいたことを思い出す。

今でもその思いは変らないけれど、どんな武器を携えて僕が闘っていくべきなのか、その武器集めに必死になっている。

人の役に立てることがどれだけ幸せなのか。しみじみと実感した。目の前に仕事や、何かやることがあることがどれだけ幸せなのか、しみじみと実感した。

消費するだけの毎日。小さなことで争う国民たち。声をあげることは大事だけれど、どう声をあげるか、僕はくよくよと迷い、行動しない毎日だったと思う。

それでも、ただ声をあげようとは今も思わない。この局面で本当に大切なことってなんだろう。って考える。それは1アウト3塁でバッター、そして守りが何をすべきか考えることとと同じだ。

そんなことはどうでもよくて、人の役に立てる喜びが、ありきたりながらふつふつと湧いてきた。

これまでは、「世界中のかわいそうな人」だったけれど、今は「目の前の人」に変わっていった。果たしてそれを善とするのか、悪とするのかわからないが。こう言うと、国際協力「界隈」の人から、ダメ出しをされるのだが、(かつては僕もそうだった)、決して、世界の誰かの役に立ちたいという気持ちは、0になったわけではない。より有効的な手段は何かを探っている過程なのである。

ただ消費し、何も生み出していない自分を救ってくれたのは、やはり経験を重ねた大人たちだった。その人たちにどうやって、恩返ししたらいいんだろうって毎日考えたけれど、目の前のことを全力で取り組むことしか思い浮かばなかった。もし、僕が今の今までひたすらひきこもっていたら、気がつけば、自分を傷つける道に進んでいたかもしれないと思うと怖い。

「20歳の原点」という本がある。こうのえつこという1人の女性が20歳で飛び込み自殺をした。正義感が強く、世の中に絶望したんだと思う。こういった人たちに、手を差し伸べてくれる大人の存在は、絶対に世の中に必要だった。

だから、政策の1つめは、本当に苦しい人に、はしごをかけること。

欲を言えば、余裕のある大人たちが、手を差し伸べる社会をつくるといいたいんだけれど、なんだかふわっとしているから、今思いついたことでいうと、「ベーシック・インカム」。

僕、この苦しかった1年で、収入はほとんどなく、親の貯金を切り崩して生活していた。もう嫌で嫌で仕方なかった。もっと自分を追い込むきっかけだった。たまに、amazonのアフィリエイト料が入ってきた。70円くらいだった。月収70円。今思うと笑える。

どうしようもなくなって、私の神様的アプリ、メルカリであらゆるものを売った。プロ用のビデオカメラが15万円で売れた。これで数ヶ月生活ができると、喜びに浸った。他にも、いろんなものを売り払ったおかげで、なんとか、生活できるには値しないけれど、心の保養につながった。

少しの収入があるだけで、きっと人は、挑戦しようという気持ちになれる。毎日、ご飯とキムチの日もあったけれど、飽々した。

お金を何に使うかは、その人の自由。もちろん、お金をばらまくイメージはあるかもしれないけれど、私たちの税金が浪費に使われると思われるかもしれないけれど、そこはぐっと我慢してほしい。そのお金によって自らの命を絶つ人が減る可能性があるのだから。僕はその可能性に懸けてみたい。

国単位で導入するのは厳しいかもしれないので、まずはスモールステップ。練馬区で導入してみたい。その財源はどこからもってくるのか。給料のカットで。

いや、これは不満がたまるか。

わかった。家入さんが言ってた「ソーシャルレンディング」にしよう。お金を上げるのは嫌だけど、貸すなら、少しはハードルが下がるのでは?

もちろん、高齢者の困窮者たちにもベーシックインカムは配ろうと思う。お前らは自己責任でなんとかしろと思うかもしれないけれど、あなたたちやわたしたちも、そうなる可能性になりうるのだから。

断っておくが、

僕は若者だから、若者の支援をしたいとか、若者の投票率をあげるとか、そんなこと一切思わない。若者だろうが、高齢者だろうが、関係ない。もし若者の投票率をあげたら、社会は良くなるという絶対的な確信をもつことができたら、僕は考えるけれども、今のところその実感はないし、何だか、それって一番キライな、手段が目的となっている一番典型的な例な気もする。根拠はないけど。

ここで、少しつながった話ではあるが違う角度から考えてみたい。

「若者支援」とか、耳障りの良い言葉はこの世の中に溢れているけれど、本当にこの問題解決するの?と問われた時、煮詰まってしまう事が多い気がする。何が言いたいかというと、自分のブランディングのために、弱者を救うことを装って、つまり他人を利用して這い上がろうとする人に僕はいやだなって思う。例えば、別に批判しているわけではないけれど、熊本の子連れ議員とか。もちろん、子育てしやすい環境をつくるということは大事だけれど、果たしてそのやり方がベストだったのか、疑問に残る。その内部の実情を知らずして、世論は盛り上がる。「子どもが第一だ」とか、「おっさんどもふざけんな」とか、とにかく敵を作り出して、一致団結して、暴言をはく。相手にもきっと言い分はあるのだろうし。マスコミが報じないとか言われているけど、マスコミの人たちが全て悪いのだろうかと思うこともよくある。そもそも報じる必要のないものだってあるのに、その人たちの言うことに耳を傾けない。本当に、過激すぎてドン引きしてしまう。政治家やメディアの人たちだって、そんな人たちを見たら、もうわかりあえないし、対話しようとも思わなくなってしまう。思考停止こそが分断を呼ぶ。

対話だけでは、誰かを守れない。対話した上で、策をほどこすことが重要なんだと思う。対話のスタートラインにたつためには、どうしたらいいんだろうか。

僕はどっぷり浸かっていたわけでもなく、誇れるものはないから、メディアの人間と呼ぶに値しないかもしれないけれど、少なくとも、文章を書いて、発信してお金をもらったことがある、いちおうメディアの人間たちを見ていると、皆、何が大切なのか、毎日、毎日、考えて、記事をつくっている。時に相容れない記事があったかもしれないけど、皆一生懸命、必死でつくっている。その頑張りを真っ向から否定するのは違うと思う。

その一方で、僕は番組や記事の構成要素である人たち、もちろんタレントや評論家含め、小さな違和感が積み重なっていった。

「権力を批判すること」が本当にジャーナリズムの役割なのか?ということ。僕が違うと思う。もう一段階、目線をあげてみると、やっぱり、国を良くするために政治家とメディア、そして国民の目線がなるべく近くなるようにすり合わせていくものなんだと思う。

権力を批判して満足してお酒を飲んでわいわいして自分に酔うのなら、「ジャーナリズムの役割」という言葉を口にするのがなんだか違う気がする。自分の私利私欲を満たすために、耳障りの格好の良い言葉を振りかざしているのは、権力をふりかざしているのと、なんら変らないような気もする。

沖縄の人たちのことに自ら思いを寄せようともせず、飛行機の破片が落ちたのはあべのせいだ、沖縄の人がかわいそうだって、その論理はちゃんちゃらおかしい。なんなら沖縄の人も嫌がっている人もいる。

そんな我慢できない大人たちを見ていると、がっかりする。僕が若者の代弁者ど一切言わないけれど、僕は、だから自民党支持が増えているんだと思う。

国のトップに対し、いいことはいい、わるいことはわるいと、建設的な物言いで言葉を送ってあげることが、大人が口をそろえる「未来の子供たち」にバトンをつなげることなんじゃないかって思う。戦争法とでっちあげ、デモを繰り返すことが果たして、「誰の子どもも殺させない」ことにつながるのだろうか。

じゃあこんな社会を変えるのはどうしたらいいんだろう。みんなどうしたら満足?自分の意見が通ること?

わかりあえないことから始めるにはどうしたらいい?閉じられたコミュニティの価値が上がっていく一方で、その人たちの強い、力を借りるにはどうしたらいい?

そもそも、政策ってなんだ?

ここまで、吐き出すと、政策ってなんなのかわからなくなってきた。

あっ、もう一つ思い出した。

さっきの手段が目的化してしまうことに付随して、そういう人たちって、文句は言うけど、自分たちで、実際に政治の世界に入ったこと、ないじゃない?まずそこで、共通言語が持てないし、本当にお笑いジャーナリストとか、政治アイドルとか、SEALDsとか、わけのわからん人たちがいて、本当にお前らはそれを実現したいのかと思う。

そんな批判ばっかりしていても仕方がないから、僕は行動してみることにした。返り血は浴びるだろう。お金も一気に無くなるだろう。もはや借金だ。出馬することが全てではないけれど、僕は、出馬することが、まず政策や社会を作っていく上で、そして政治家の人たちと、少しでも同じタグ、共通言語をもつことから始めてみたい。もちろん、今、政治家でなくても出馬経験のある人たち。その勇気と覚悟、やってみなければわからないことってある。それを自分で経験してみないことには、その人たちに対して、敬意を示すことってできない。敬意ある上で違うことは違うと言っていきたい。

決して出馬が、仕事がなくなった人の身売りの場所ではない。チャレンジして、落ちて、それでもチャレンジする人たちに感動し、ぐっときた。評論家たちよりもよっぽどかっこよかった。だから僕もそんな人たちになりたいって思う。

きっかけと言われれば、いくつかあるけれど、気がつけば今の自分がそうやれと勝手に判断している。

だから無理して意味付けし、言葉にしてみたいと思う。

もともと、いつか、国会議員になりたい、そう思っていた。けれど、それは遠い未来、自分の実力がついて、取材活動を思い切りやりきってからだろうなあという、あいまいな感情を持っていた。そんなときにかかってきた一本の電話。2017年の衆議院選で、希望の党からの出馬のお誘いだった。結局、出ることにはならなかったけれど、自覚が出た。あ、自分は選挙に出られる年齢なんだ、と。その前から、選挙のお手伝いはしていたけれど、自分にその勇気と覚悟はなかった。けれど、その衆院選で、少しずつ意志が芽生えた。一方で悔恨の思いもあった。史上最年少の国会議員になれたかもしれない、と。そのときは単なる好奇心。政策もないし、考える余裕もないし、お金もない。300万円の供託金などすぐに用意できるはずもなかった。

そのまま、二ヶ月が過ぎたとき、メールが届いた。「練馬区議の補欠選挙があります。興味がある人は連絡ください」。

練馬区に住む私にメールが来た。区議は副業もOKだ。これはありなのかもしれない。あとはどこの党から・・・と調べていくうちに、練馬区長選挙も同時に行われるという知らせが記されてあった。

さすがに、区長は・・・。という気持ちである。そもそも出れるのか・・・?

25歳からOKだった。人と同じことはしたくない。どうせやるならトップを・・・。そんな気持ちが湧いてきた。

もう一つ、「黙殺」という一冊の本に出会った。これもまた、運命的に出会った本だったのだが、ページをめくる手がとまらない。そして胸の内をかき乱してくる。選挙に出ても、落ち、落ちては出るを繰り返す、世の中からしたら「変人」で括られてしまう人たちの深層にある人間らしさが浮かび上がってきた。涙が出そうになった。そして、素直にかっこいいと思った。僕もやってみたいと思った。落ちることに、何のデメリットもない。落ちたらまた普通の生活に戻っていく。もちろん変わることはある。けれど、変化を恐れず前に進む人たちが光って見えた。

メールが先か、本が先か、わからないけれど、立て続けにこうしたことが起こるようになった。

あとは数少ない自分の中のしがらみをどう解いていくか、それだけである。

そのために、まず政策集を作ることである。

この記事をシェアする