田中将介

-tanaka masayuki-

ジャーナリズムに正義はいらない?執筆中の葛藤

Uncategorized

 
一次情報じゃないと、ださい。何を偉そうに間違った情報だけで分析しているんですか、と、もちろん参考にするのっはいいんですが、尊敬の念も感じないし、当たり前だろ、情報取ってくるなんて、という姿勢がうざい。
どんなに時間をかけても、一人との対話から生まれる言葉や情報を大切にしたい。
そしてなにより自分が生み出せることが嬉しくて楽しい。
 
メディアを批判して、変えてほしいことがあるなら、社長や経営している人に直接いえばいいじゃないですか。
中にいる人がどんな想いをするか、とか、そんなのわかっているけどできないこともあるんだよ。
という葛藤を飛び越えて、自分の気持を晴らすためとか、本を売る、記事を読んでもらうために書いているだとか、
 
メディアで働くひとなんかより、よっぽどそっちの大人の方がださい、と、思っている人は同世代と話していて多いですし、何より僕はそう思います、
 
きちんと一次情報を出すこと、当事者にぶつかること、質問が下手でもいいから。
ださいですもん、噂やネットレベルで人や物事を判断しているって。
 
———-
 
こんなにもキチンと向き合ってくれた編集者の気概を忘れない。
この人の原稿を本気で向き合いたい。この人を伝えるためには、絶対に妥協したくない。
 
———-
 
録音で聴き直す時が苦しい。嫌だ、嫌だ。向き合いたくない。自分の変な声と、自分の変な質問と、自分のとんちんかんな笑い声。相手を困らせるんじゃないか、この質問をなぜしなかったんだろう、なんでもっとここで突っ込まなかったんだろう。
その一時間の音声を聴くだけで、相当な葛藤をもつことがわかっているから、正直、やりたくない。いやだ、逃げたい。そう思いながら、全てが終わった瞬間、自分の筋肉が大きくなっているのが、はっきりとわかる。それを想像して進めていく。
 
———-
 
嘘をつかない。読みやすいように工夫をするのは当たり前だし、無駄なところは削るというのが基本だ。しかし、自分にとって、いらないと思った言葉が、誰かにとって刺さるかもしれない。
自分の恥ずかしい、会話を削って、対談のカタチにしないのが「普通」なのかもしれないけれど、その私が変だと思った受け答えが誰かの心を揺さぶることだってあるかもしれない。だから私は、自分の無知もさらけだすようなコンテンツに極力したいとかんがえている。
 

 

 

sakaiosamu.com

この記事をシェアする