田中将介

-tanaka masayuki-

「クレーム」に見る時代の変化

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 「クレーム」は、人類特有の文化だと思っている。そのハードルは時が経つに連れて下がっている。昔のことは詳しく知らないが、気に食わないテレビ番組に電話をかけていたと聞く。局の番号を調べるという手間をかけてまで要望したいことがあるのだろう。今、不寛容な時代と言われる理由は、誰もが簡単に声をあげられるものの、怒りをぶつける相手がいないから、その不満や鬱憤が空気に浮かぶように蔓延しているのだろう。

 最近驚いたのはNHK人気番組、あさいちのキャスターが降板したことを受け、「安倍政権のせいだ」という情報が拡散されていたことだ。これこそ、人間は、何か仮想の敵を見つけて怒りをぶつけないと、だめになる弱い生き物だという現れだと思う。

 

 なぜこう思ったのか。実は先日書いた記事が、その媒体史上No2の閲覧数になった。フィギュア・宇野昌磨の女性コーチがベタベタしすぎという批判に対して、彼らの想像を絶する努力を讃えようという主旨の記事を書いたのだが、タイトルがあまり良くなかったために、大炎上。1週間で1000万PV数を超えたその威力は私個人に執拗で陰湿な絡み方をされるほど。これもまた敵を見つけた人たちが嬉々としてバッシングに時間を費やしていた。  

 

 平昌五輪を通じて思ったのは、本当に選手を応援したいのか、それとも選手を擁護するふりをして、自分の主張を押し付けたいのか、果たしてどっちなんだということ。

 

 羽生結弦も会見で、「これからバッシングもあるかもしれない」とこぼしていた。きっと何をしても、誰かが怒りを自分にぶつけてくるとなんとなく理解しているのだろう。「アスリートファースト」は決して政治やスポーツ関係者の話だけではない。観戦側が、「アスリートファースト」を自分の主張を押し付けるための武器にしないようになればいいなと思うのだが、現実は厳しいか。

 

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