田中将介

-tanaka masayuki-

新たな道へ

コラム

果たしてこの判断は私にとってよかったのかわからない。

仕事の幅も、内容も、大きく変わっていく。

といっても、フリーランスであることには変わらない。

大きな決め手となったのは、結局は自己実現のためなんだと思う。

そりゃ、そこで働く人が良いとか、働き方がいいとか、そんなのたくさんある。

けれど、私がなぜそういう判断をしたのか、書き残しておくと同時に、そういう働き方をする上でのリスクも残しておこうと思う。

実は最近、あまりに無為に時を過ごしていた。

何かまた大きなチャンスを掴めるように、社会をあっと言わせられるように、じっくりと、知識や蓄え、社会をにらんでいた。

魂を込めた作品をつくるために、想像力を養っていた。一つのことに時間を注いでいた。

けれど、私自身に嫌気がさした。選挙に出たからといって大きく変わったことはない。

政治の中枢に入りこめたわけでもなかった。取材力がつくわけでもなかった。おもしろい企画・とくダネを出せるわけでもなかった。専門家になれるわけでもなかった。

それが日々、悔しかった。結局、表面上のニュースばかり追いかけている自分がいた。

何も汗をかいていなかった。人生に負荷をかけていなかった。

だから、めちゃくちゃ働きたくなった。夢中になれるものを探していた。

最初、声をかけられたとき、とても後ろ向きだった。

うーん、なんだか負けな気がするな、と。

でも、少しずつその考え方は変わっていった。

きちっとコミットする、としたら、任せてもらえる仕事の質が全く違った。

そこで結果を出すことが、今後の自分自身の成果に繋がると思った。

簡単な話、僕は違うけれど、取材に入れる場所が広がる、とか、契約することで、ページの担当を任せてもらえる、例えば、連載している著者の担当になれるとか、そういうことだ。そこからまたチャンスが広がるのだと思う。

あとは、またどこかでその契約だとしても、使える武器になると思った。

初めて言語化したので、いつも通り、グダグダした感じになって申し訳ない。

私は、取材した内容を形にすることが、露出を増やし、知名度が上がる。とことん書いてやろうじゃないか。そう思うようになった。

他にも私が考えている構想はあった。

この4年間で、上場できる会社をつくりたい。

自分で社会をあっと言わせるサービスをつくりたいという気持ちだ。

経営者の失敗体験談を読みまくって、火がついた。

思い切りチャレンジして、苦闘している姿に感銘した。そしてかっこよかった。

私もそうなりたいと思った。

散々言われてきた。「社会経験してから出直してこい」

ふざけんじゃないと思った。何が社会経験だ。

けれど、間違いなく、私に反論できる実績はない。

結果を出していれば、もう何も言えない。何も言わせない。

これが会社を大きくしたい根本にあった。

だから、その種をずっと探していた。いろいろ手を出して、探ってきた。その道半ばがいまである。

社団法人もつくったが、ばりばりやっていこう。目の前のどんな仕事でもいいからやっていこうというのは、私にとって、意味がないと思う。

もっと大事なことに思い切り熱狂できることに、全てを一気に捧げることを大切にしているからだ。

目の前の小銭を稼ぐために、クラウドソーシングでライターをやっているようなものだ。

結局時間を売って、実績にならないだけ。このスタンスは変わらずだ。

 

自分で稼ぐ事業をつくる。

自分の力でお金を生み出す。

自分の事業に熱中すれば、その分野に詳しくなり、専門性もできる。

 

大きな後押しとなったのは、やはり先輩たちの姿だ。

いくらでも、働きながら面白い、自由なことができる。そうしたロールモデルが今いるからこそ、私もこの決断ができた。

 

最後に、私がなぜこの判断をしたか。実は選挙に出る前からこの構想はあった。

甲子園100年、なんとしてでも取材をする。

 

一番大事なのは、目の前のことを「なんとなく」でやらないこと。

一瞬で信用はなくなる。

言うは易く行うは難し。

 

 

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