田中将介

-tanaka masayuki-

【随時更新】孤独なときに気持ちが楽になるエッセイみたいなもの

インタビュー

#1

私にはキュレーションメディアといったものはできないのです。
時間をかけてじっくり取り組むことこそ、やりたい。
そしてその風潮に嫌気が指してきた。
即効性を求める風潮がすごくいやになってきた。
これ、わかりづらいよね、とか、もっと簡潔にポイント見せたほうがいいんじゃないとか、
言いたいことはわかるのだが、どこか腑に落ちなかった。
私が、伝えるのが下手くそだ、というのもわかる。
ポインとを示したほうが、わかりやすい、というのもわかる。
けれど、どうも、簡単に見せようとすることに抵抗があるのだ。苦悩や葛藤、憂鬱、それからひらめきや感動、歓びが積み重なって積み重なっているものの全てを、知ってもらいたいから。
書籍にして長く遺るものを、流行りではないものを残したい。

#2

「完読されなくてよい」と思うようになってきたわたし。
きっとへそまがりなんでしょう。この社会の流れに常に抵抗していたいと思うんです。
タイトルだけでわかるようにもしない。SNSだけでもわかるようにしない。
ディズニーランドで、並ぶのもアトラクションの一つであるように。
全てのプロセスが、田中の世界を創っている。
だから、あえて、全部読まないと伝わらないようにしています。
だから、あえて、完読されることにこだわらない。
読みたい人が読めばいいんです。効率を求める人は、さっと情報を手にいれればいいんです。
ここにきて、読んでくれる人は、
わざわざPDFをダウンロードして、印刷して読む。
とか、
わざわざスマホで見たものをメールで送っておいてあとでPCで読む。
とか、
その一手間をかけるような人間に届いてほしい。

#3

メールや誘い、もちろん帰ってこなかった人もいる。もう少し勝率を上げる工夫はあったのかもしれないが、基本的なことは繰り返してきた。私なりに大切だと考えたことを丁寧に繰り返してきたつもりだ。直接あって、頭を下げて、手紙をかいて。

不器用なりに、想いを伝えてきた。

#4

インタビュー相手に、本やWEBに書かれていることを口に出させてしまった瞬間、ちくしょう。と思う。

「その話知ってる」と思いながら、ふむふむと聴くわけだが、

その話は、もうすでに読者は知っているのだ。

それがかぶってしまった瞬間、「誰でもできるインタビュー」になる。

新しいものをうむことに私は価値を見出したい。

だから、あの場は勝負なのだ。

#5

こんなことやって何の意味があるの?

きっとそう思われているだろう。だいたいは実業家や起業家。

私はそういう視線を浴びてきた。

確かに、会社をつくって事業をやっている人にとっては、お金も生まず、仕組みにもならず、

社会へのインパクトもない「誰でもできること」に過ぎない。

そこに劣等感を感じることもある。

私だってビジネスに興味がある。けれど世の中に革新を起こすようなものをできる自信はない。

だからやっている。というわけではない。もちろんそれも一理あるのだが、

何よりも私がどきどきする。わくわくする。楽しい。

いつか、この地味な活動が、大きく花を咲かせるためにも、

コツコツとやっていくしかないのである。

#6

仕事が無いって最強だ。
100%つぎ込める時間がある、これほど最強なことってないです。
別にお金なんていらないんで。といったら語弊がありますけど。
ここで試されるのが、我慢する力になるわけだ。

#7

我慢する力。

#8

たまにふと我に帰ると、「あー、やっちまったなー」と思うことがある。
誰しもが大切だとわかっているし、誰しもが自分はできる人間だと思いこんでいても、
気がつけば、その意識が希薄になって、できていないこともある。
それは、意識の先が「自分の世界」になっていることだ。
何を当たり前のことを言っているんだ、と思われがちだが、意外と忘れることが多い。
相手に話を聞かせてほしい。これは完全にお願いだ。
そんなとき、相手のメリットをきちんと考え抜いて、やんわりとお伝えすること、
必ずしもそれでOKが出るとは限らないが、確率は上がるに違いない。
いきなり仕事だけを考えてやるより、ご飯を食べることを先にしてもいいし、またその逆でもいい。

#9

約束を取り付ける力。
私はいわゆる会社の営業をしたことがない。
電話でアポイントをとって、OKが出れば資料を持っていき、プレゼンをする。
ここに相当な時間がかかっていると友人から聴くと思う。
私のようなケースでしか言うことはできないが、
私がトップを狙うのにはワケがある。
直接会える機会が多いのだ。直接あって話すことができて、その場でお願いすれば、うん、と言うしかない(笑)うんといえば、さすがに約束は果たさざるを得なくなる。(笑)
すると、メールの返信率は格段に上がる。(笑)
ここに、ヒントが隠されているのではないかと思ったのである。
イベントに出てきているということは前向きな姿勢である。という相手側のマインドが1つ。
営業先の相手はどこかイベントに登壇するような有名な人ではないから、簡単に約束をとりつくことができない。結局中の人なのだ。
そんな人と電話越しで話しでも絶対にNoだ。
といっても直接会っていきなり営業の話をすることなど無理に決まっている。
私の場合は、インタビューをとらせてほしい。「この件について詳しく聞かせてほしい」
とお願いするからいける。こんな私でも。
つまり、皆が、インタビュアーになれば、すぐに仲良くなって次の話になれる。
取材といえば、誰にでも会いにいける。
皆がプラットフォームになればいいんじゃないか。
営業できました、じゃだめ。取材できました。はどうか。
そうしたら、直接会える人に会いに行く(会社のキーパーソンが多い)、これはSNSで検索したらだいたい出てくる。
そこから頼み込めばいい。

#10

「アクセスより信頼を稼げ」
いい言葉と思う。
アクセス数をとにかく稼げばいい。こうした風潮は驚くほど広まった。
いかに、大多数の人たちを、悪い言い方をすればだまして、クリックさせるか、商品を買わせるか、それはしばらく変わっていないし、変らないだろう。政治の世界も同じで世論がモノをいう。
そんな中で、信頼の重要性がますます高まってきたように思う。
これに気がついていて、さらに実践している人はどれくらいいるか、という話だが。
正直、誰でもメディアを立ち上げることができるから、WEBメディアが乱立している。
そこでアクセスを稼ぎ、広告でお金を儲けようとする。学生などに顕著だが、
編集長という言葉に憧れて、マネタイズという言葉に憧れて、立ち上げるも、
原稿料は払わないから内容も薄くなるし、だいたいコンセプトも似通ってくる。
続くはずがないから、そのサイトは放置されたままになる。
簡単に立ち上がるからこそ、簡単になくなる。メディアの閉鎖率などを数字にしたら面白いかもしれない。もしくはドメイン放置率とか。
つまり、皆ができることを同じようにやっていてはいけないわけだ。
となると、私は一切広告を貼るのをやめた。
メディアだけでやっていくのは相当な無理ゲーなのだ。
続けられる自信があるのであれば、それでいいが。
ブログだけ書いていても内容によっては社会的信用につながらないただ食っていけるというだけの儚い人生で終わる可能性もあるし、なんならその内容があまりに安っぽいものであれば、逆にステークホルダー、重要人物と大きな仕事をしていくとなった場合に、マイナスからのスタートになるかもしれない。またその人はそういうキャラでしかなくなる。
もし自分が仕事をする相手が、有名なブロガーであっても、「〜してみた」みたいなふざけたおちゃらけた遊びみたいな内容しかやっていなかったら、お断りするかもしれない。
「アクセスより信頼を稼げ」この言葉を心におさめて、判断の軸としていきたい。

#11

本やインターネット、新聞やテレビ、それぞれ全てが情報を取り入れる手段であるが、
その手段の性質は異なる。
私が作りたいのは、好きなのは、本。
インターネットで文字の量が多いと、読まない。
けれど、どうしても読んでおかないといけないと思わせれば、その人の思考は、
ああ、これが本ならすぐに買うわ。
と思う。
このタイミングで、本を出せばいいのではないか。
あとでゆっくり本として、読みたくなる。
常に自分の手元においておきたくなる。そんな優しくて濃いものを創りたい。

#12

報道の自由、報道しない自由を標榜する一部マスコミの世界。
これを盾にすれば、もう何を言っても許される。そして責任を取る必要もない。
そういった点においては、読売新聞の方が実名で出てきたことに関してはとても評価できる。
やったことは到底許されることではないが。
しかし、一方で、市民の「だからマスゴミは」という批判ももう飽きた。
確かにその適切な批判によって、テレビの姿勢は変わる。
しかし、中にいる人も人間だ。そういう批判は「わかっていないくせに言うなクズどもが」
みたいな反応を助長する。
中にいないとわからないことなどたくさんあるわけである。
だからこそ中の人が自由に発信してくれると嬉しいのだが。文句ばっかり言わずに。
なにより問題なのは、局内部のディレクターたちが、そんなに物事に詳しくないのである。
なぜかといえば、心にも時間にも余裕がないから。学ぶ時間もとれるはずがない。
ネットでちょちょっと調べた知識によってしか物事を判断するしかないから
番組の内容も薄い。だから面白くない。
まとまった知識の宝庫である本を読んでいる暇もない。
これこそが悪循環なわけである。
しかし、市民はどうしてマスコミ批判がこんなに好きなんだろうか。権力が嫌いなのだろう。
いくら、「メディアはメディアは」などと言っていたところで、
主語があまりに大きすぎて、変わるはずがないのである。
メディアで働く人たちを「なるほど」と思わせるような、当事者意識をもたせるようなことも必要だし、メディアで違和感を感じている人たちこそ、変えたいと願い、大きな組織を前に変わらず、
諦める、だから希望などないのである。
組織を変えたいという希望がなくなれば、あとはもう、自分が良ければいいや、自分の結果を出せばいいや、となるわけである。気がつけば、自分中心の生活に陥りがちなわけである。

#13

結果を残す、こういう動きをしてきた、という実績を見せてからではないとだめ。

#14

一流の人に会える条件

#15

原稿が戻ってきた。人生で初めて、原稿が戻ってきたという感覚に陥った。
なぜなら、全て手書きでチェックが入っているからだ。しかも、リーダー本人の。
メールやメッセージが来る度にどきっとする。
本当は嬉しくて嬉しくてたまらないはずなのに、自分がやりたくてやりたくてたまらなかったことなのに、どうしても開くのが億劫なのだ。こわい、こわい、こわい。
もし「こんなつたない原稿は世の中に出せません。申し訳ありませんが掲載はお控え願います」などというようなメールの内容だったら、と考えると、開けない。
もちろん、そういったリーダーたちには、秘書や社内の人間とメールでやり取りすることが多い。
ああ、色んな人を巻き込んで、いろんな人の時間をとって、自分の思いつき取材、素人取材をしているんだなあと思うと、胸が苦しくてたまらなくなる。
やっぱりやらなければよかった、とさえ思う。けど、やらなかったで悶々とした毎日をおくるんだろうからやっぱりやってよかったと自分を納得させる。
相手に迷惑をかけないように。相手はどう思っているのかな。
取材中や準備中は、どかんと思い切っていけるのに、どうも原稿に自信がなかったり、やりとりに自信がないから、余計な一言を行ったり、から回ってそうな自分がいる。
取材対象者がいるということは、自分の思ったことを書くだけではいけないのだ。
いかに見てもらえるようにするか、どこまでSNSで巻き込んでいいのか、いかにアップロードすればいいのか。
不安でたまらない毎日である。

#16ほぼ日

そう、だから、どうしても、 テーマをガッチリ決めすぎちゃうと、 質問が誘導的になるので、 警察の取り調べみたいになるんです。 ── 聞き書きの文章を読んで思うことは、 本当に、ひとつひとつの事実の積み上げで できている読みものなんだなあ、と。

#17

ほぼ日つながりで、Yahoo特集の記事で糸井さんのインタビューがあった。
その中で、
腕組みして「うん、うん」と言っている人はいくらでも増えました。特にインターネット上に。だけど使い物になりません。具体的に何かを生み出す人の価値はどんどん上がっています。
そのなかで「僕らがどういう仕事をして、どうやって自分を養うのか」、あるいは「自分たちが生きることをどう面白く、生き生きとさせていくのか」ということを考えていけたらいいなと思っています。だから、資本主義に挑戦しているのではなく、資本主義の流れのなかで泳ぎ方を考えている程度のことだと僕は思っています。
という文章に触れて私は少し気分が高揚した。
最近、インターネットの表層的な部分だけで議論しているのが目立つ。
決してその人が何も生み出していないのか?と言われたらそうでもないと思うのだが。
自分の目で、足で得た情報の価値が高まることは私にとって追い風となれと願う。
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