田中将介

-tanaka masayuki-

肩書きで人は判断するに違いない

コラム

人は肩書きで判断しないとは言うものの、圧倒的に肩書きで判断している。そんなこと頭では理解していたけれど、実際に自分がその武器を手にした瞬間、はっきりと実感する。人は所詮、相手の肩書きで見下したり、崇めたりするのだ。だから、うまく使っていかなければいけない。

 

私にはいくつも肩書きがある。そして人の顔を見ながら使い分けている。初対面の人に全てを話すことなどできないから。するとABテスト的に「意外にこれは反応するな、しないな」というのがわかってくる。これがまた面白い。

 

「ライター」よりも「記者」の方が反応がいいし、「フリー」って言ってもあまり効果がない。むしろ、引かれる気がする。なんでだろう。でも確かに、人から「今、フリーランスなんです」って一度言われたときがあって、ちょっと引いた。理由はわからないけれど、ちょっと引いた。その人の人柄かもしれないし、言い方かもしれないけれど、なんか偉そうな感じがした。「わたし、フリーなのよ、えへへ」みたいな。

 

結局、何が言いたいわけでもないのだけれど、私は口外できないような、最強の切り札肩書きをもっている。そのせいで?そのおかげで?ぼーっと無意識で過ごしていると、私はどうしても自分が偉いものだと勘違いするような人間になっていく気がする。決して自分がすごいわけでもなんでもないのに。しかし、その分、仕事のプレッシャーも大きい。これまでとは違った強く、重いブランドを背負って、毎日、24時間、背中に抱えて仕事をしている。僕は決して仕事とプライベートの境目はいらないから、馬車馬のように働くけれど、ここ最近は、毎日夢を見て、あせって飛び起きるし、眠りは浅いし、昼までゆっくり寝たい!と思っても、絶対に寝れない。けれど、昼や夕方は疲労感でいっぱいだ。

 

成長痛だと思って、歯を食いしばるしかない。そりゃそうだ。まだ知らないことばかりで、始めたばかりの仕事で、要領もわからず、慣れもないのに、いきなり効率よくできるはずがない。けれど、今は専門性がない分、こうした仕事もさせてもらえる。もちろん本業は記者だ。こちらもまた毎週締め切りがあって、企画を毎日考えて、マスに向けて「メディア」の役割を担っている。しかし、そんなにマスに伝わっているのだろうか?と不安に思うことも多々ある。

 

ここまでくると、すっかり自分を追い込むことを忘れてしまう。ぎりぎりの世界で生きてきたはずなのに、結局またどこかに依存して、自分自身の勝負に踏み切るスタートラインに立っていない。これが今自分自身の一番の課題である。

 

もうすぐ26歳になる。過去最高に忙しくてプレッシャーも半端なくてお金もある。でも納得感と希望はない。

 

https://note.mu/itsmemasa/n/na2e070413a1c

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