田中将介

-tanaka masayuki-

WEB時代に生まれたものかきとして

インタビュー

WEBで育ってきた人間は、自分の足を動かさない、とか、誰でもライターができる、
誰でもライター、誰でも編集者と名乗れるようになってきた。今の時代、WEBでメディアに関わることなど容易である。
だからこそ、これまで地道に新聞やテレビなどのメディアで取材をしてきた記者たちは思うだろう。「だからWEBの人間はだめなんだ」と。
この意見について、例えつい口走ってしまっただけであっても、批判は来るだろう。私も、ウェブだろうが、新聞・出版などの紙メディアであろうが、そこに優劣をつけて考えるべきではないし、お互いの良いところを補い合えばいいだけである。
それを前提で、デジタルネイティブ時代である私は言おう。
「だからWEBの人間はだめなんだ」、いや、次の思考を産まないこのネガティブな言葉を変えたい。
「WEB世代にも気骨のある人間がいるぞ」と。
そう証明したい。
さんざん揶揄されてきた。本当に自分が価値のあることだと思ったら、
会社からお金が出まいと、いや、会社に属さまいと、泥臭く自分の足で、目で、耳で、鼻で、口で、はいずり回るんだぞ、と。
別に、この世代の人間と同じにされたくないなどとは、少しくらしか思っていないが、
WEBライターというコピペ記者の母数は間違いなく増えているから、そういった印象を受ける。
フリーランスという言葉に憧れて、一番誰でも手に職をつけることができる職業がライターであるわけで、そのライターが、信じられない誤ちをおかせば、その「ライター」の人間は皆、被害を被るというわけだ。
そんなわけで、私はライターを名乗ったことはない。
お金に引っ張られて、目の前の仕事をこなすことは、私にとって人生の無駄でしかないのだ。
一刻一刻と死は近づいている。お前にそんなことわからないだろうと言われるが、私にはわかる。私の回り道は、1日を懸命に生き抜く人間、1日生きることが憂鬱で仕方のない人間、そんな人間に一刻も早く、私には想像もできない「何か」を届くことを信じて、行動を起こし続けるしかないのである。
別に、泥臭く生きることが、善でもない。取材のテーマややり方など、人それぞれだから。
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